先週土曜日、夕方6時から新入社員の歓迎会兼8月決算まで4か月の売上目標会議、会場は中京区の古い民家と蔵を改造した京料理店。
先に、1時間は営業会議そのあと歓迎会、私たち夫婦は歓迎会の時間に間に合うように自宅を出ました。
予定より20分ほど早く着いてしまい、まだ卓上には昨年9月からの内装工事・カーテンランドリー・新規カーテン制作などの売上が、A4のペーパー5枚に細かく書いた書類があった。
ザッと目を通すと、景気の悪いこの時期としてはまあまあの数字が出ていたので一安心していました。
古い民家と蔵の改造した店ですから、帰りに家内が玄関の框で足を滑らせて転倒、さいわいにも擦り傷程度で済みましたが、高齢者にはあまり好まれる店ではないような気がしました。
翌、日曜日はバイトの人とダムにヘラブナ釣りに出かける予定があり、二次会には参加せず少しばかりの軍資金を渡して帰宅。
帰宅後再度、家内の怪我の部分を確認しましたが肘の擦り傷程度で終わっていたので安心しました。
社長は、「おやじ、友達や知人が入洛したとき、ここで食事をすると京野菜と地鶏で京都らしいと喜んでもらえると思う」と、云ってくれたが、逆に田舎の倉庫や蔵で食事しているような思いでしてあまり気が進まない。今の若者達はこんな質素な部屋が受けるのだろうか。
間口100㎝ほどの路地が15mほど続いて、白川砂の上に陶器に魚の名を書いて石畳のようにして、両サイドに一升瓶を置いて瓶の中に照明器具があり、見た目は感じもいいが、雨降りでなくても足が滑ることぐらい誰でも分かる。
見た目は、着物を着た女性の歩いているイメージに合いそうだが、1回通ると二度と行きたくない店になるだろう。
玄関も段差が大きく、多分経営者はまだ年齢の若い人だろうなと想像できる。食事はけっこう美味しくて、部屋の案内人も若い女性のアルバイトだと思うが、マナーも良く次々と運ばれてくる料理の出し方もうまい。ただ高齢者には敬遠されそうな気がする。
朝散歩の時間は北風で肌寒い、交わす言葉も「5月の連休明けにこんな寒いの覚えないな、もし、このまま冷夏になれば、野菜や米の不作で大変なことになる」。こんな会話をしながら帰ってきました。
店の歩道と車道の段差には、どこかの庭の枯れたような葉が飛んできている。近所にある大きな屋敷からだろうか。
その樹々を、毎日眺めて借景させて貰っているのだから黙って掃除させてもらうくらい当たり前のこと、ただポイ捨てのタバコも数本ある昔なら、「お里が知れる」とお年寄りによく言われたものです。
店の人全員が出かけてから、トイレと洗面の掃除、家内では便器の奥の方まで手が届かないのと、少し視力が落ちているので目の行き届かないところもある。
自宅の洗濯と風呂・洗面・トイレ掃除は義祖母の仕事になっているから、運動のためにも取り上げることはできない、下手すると毎日のリズムまでが狂ってしまう。
真っ黒な飼い犬ナチも冬の毛と夏の毛に入れ替わっているため、月2回ほど風呂に入れて1時間ぐらい洗うのですがまだ抜け毛がある。その毛がトイレまで飛んでくるので、頻繁に掃除をしないとトイレを使用する人が不潔に思うだろう。
昔と違って、トイレ用に充電式掃除機と、家内用・義祖母用の掃除機、そして私の掃除機と事務所用掃除機とある。
我が家でこんな状態だから、室内犬を飼っている方はとくに気を付けないと、訪ねてきた人に不潔に思われてしまいそうだ。
掃除が終わって雑巾を洗っていると、運送便が来た。家内は必ず冬は暖かい、夏は冷やした缶コーヒーをドライバーの人に「ご苦労さん車の中で飲んで」と渡している。
私も、「缶コーヒー冷たいのしかないけど」と、冷蔵庫から出してきて渡した。ドライバーの人は嬉しそうに、ありがとうございましたと受け取ってくれる。
メーカーや問屋、宅急便のドライバー仲間では、インテリアホソイに荷物を届けに行ったら缶コーヒーをくれると評判になっているらしい。
家内に言わせると、酒の量販店に行けば60円くらいで買えるから、400円のタバコの事を思うと7個も缶コーヒーが買えるので60円で喜んでもらえたら嬉しいと言う。
ちょっとした気配りがいつか役に立つことがあるかもしれない。さわやかな朝、今日もみんな無事故で仕事に精出してほしい。
ここ数年、団塊の世代が退職時期を迎えたことで、「老後生活」をおくる人が一気に増加している。それにともない、この「老後」に新しい考え方が生まれていると聞く。
福岡県が、年齢にかかわりなく、それぞれの意思と能力に応じて、職場や地域で活躍し続けることができる選択肢の多い「70歳現役社会」の実現に取り組んでいることをニュースで知りました。
うちの会社も73歳と75歳の高齢者を、カーテン取り外し取り付けに作業に採用していましたが、高所作業が多く採用に難しい問題があります。
先日も、高齢者には危険と思われる高所作業でなく、ただ廊下を歩いていて足が滑り転倒、今も整形外科にリハビリに通院していますが、医師の話だと完治するまで6ヵ月はかかるだろうとの話でした。
高齢者を採用していることに対しては、1月の同窓会の時、長年建築会社に勤めている
友達に注意されて、今まで以上に気を付けているときの労働災害でした。
高齢者には、一般的には考えられない労働災害があるので、室内の安全作業で目の届く仕事でなければならない点に気も付きました。
本音はこの年代、仕事から解き放たれ、それまで肩に重くのしかかっていたローンや教育費なども終わって、もしかしたら成人して初めて訪れる、さわやかで身心とも軽くなった団塊世代の時期だといえるのではないでしょうか。
そして残された人生に必要なだけのものがあればそれでいい。そのかわり、ものを大事にし、老後の人生を十分に楽しみシンプルに生きる。その価値観は、物から人間関係まで、あらゆるものに通じていると思います。
今、65歳過ぎの高齢者の人で、後者になっている人は人生というギャンブルに勝者だけに与えられた勲章だと思っています。
とくに人生の後半、50~60歳の頃が本領を発揮するとき、押すときは押す、引くときは引く、そのタイミングがたまたま良かったから人生というギャンブルの勝者になれたのだと思う。
20年近くデフレが続き、価格競争が続いていますが、もうそろそろ終焉のトンネルの明かりが少し見えてきました。安かろう、悪かろうの時代が終わりに近づいています。もう少しの辛抱です。
86歳の義祖母が手押し車で買い物からの帰り、ご近所の方から「田舎で取ってきたおすそ分け」と言って100本以上もあるだろうか、新鮮なワラビ頂いて帰って来た。
たまたま新聞を取りに行った私は、バイトのAさんが朝掘りの筍を届けてくれているから、筍ごはんとワラビなら季節を感じていいと言うと、家内はあく抜きをするからと云ってそのワラビの根っこを輪ゴムで整えていた。
そのとき、家内が「お父さんワラビはどんな処に生えているの」と聞いたので、板取と一緒で日当たりだ適当な処だと思うよと云った。
すると義祖母が、「昔はワラビの多く取れる処はあまり人に教えないよう内緒にしていたんと違うかなあ」と喋ったので話題が昔の話になる。
40年も前(1970年)の頃、まだふる里の山は材木を伐採していたから、ある程度人が歩く程度のケモノ道は整理されていた。
ちょうどチマキを楽しみにしていたこの時期、亡母と姉2人の3人で山菜取りに出かけて、家から東の丘を越えて急な山道を登るとしばらく平らな道が続く、そこを歩いているとき、目の前一体にまるでワラビ畑のようにたくさんのワラビがあった。
3人とも背中には稲わらで編んだカゴ『田舎では「畚」(フゴ)と呼んでいた』を背負って出かけている。
3人で手分けして畚に山盛りなるほどワラビを取り帰り支度、山を下りながら、先頭の亡母が「また来よう、ここにワラビがあったことは内緒、あんまり人に喋らんとこうな」と、姉2人に言った。
先頭は亡母、2番目が次女、最後に長女と、3人は一列に並んで細いケモノ道を下っている。1時間ほど歩くと、もう民家も見えてやっと落ち着いた処に、きれいな山水が湧いている谷川がある。
手拭いを濡らして汗を拭き、山水を飲んでホットしている前に、谷川のきれいなセリがあったので、3人でセリを摘んで、背中から下ろした籠の処へ戻ると、3人の籠の中にあれだけ山盛りあったワラビがかけらも無くなっている。
空の籠に先ほど摘んだセリだけを入れて家に帰った。例えワラビがカゴから落ちていたとしても、後ろを歩いている次女や長女は気付くはず。
あんな山奥まで行ったのに、きっと、キツネかタヌキに騙されたんや、亡母も姉2人も経験したことのない事件でした。しかしこの話、私は、今でも??です。
連休最後の日に、ご近所の人にいただいたワラビで、こんな話を思い起こしました。
久しぶり朝の陽気な気候に誘われてか、愛犬ナチが寝室まで誘いに来る。いつもの時間より1時間も速い。
着替えを済まして、さあ出かけようかとナチと云ったのが5:30、連休と早朝のせいか人も車も少ない。空気も旨いような気がする。
桂川河川敷公園まで行くと、いつもの時間とは違った人に出会う。でも、みなさん夏場に出会う人ばかりでして「おはよう」のあとに「久しぶり、お元気でしたか」の言葉が出る。
その中でも、ナチはリードを外しているので先に走っている。ナチの足を止めて頭を撫でながら、「おい、久しぶりやなァ元気やったか」と話してくれている中年の人がいました。そのお方はナチを好きな繊維製品製造会社の社長さんでした。
私も、半年ぶりぐらいですねェ「2月の京都マラソンの結果はどうでしたか?」と訊ねると、真っ黒に日焼けした彼は、「一応完走はできたけど課題もいっぱいある。そして自分の(弱み)や(強み)が十分判った」。と話してくれました。
「上を見ると切がないけど、今回完走したのは、一緒に走った人のアドバイスが良かった。あれから新聞の読み方まで変わってきたヮ。政治→経済→スポーツ→→市民版→テレビ番組覧と、今まではこの反対から読んでいた。」と、言う。
彼の会社も、今年から一部中国に進出したらしい、大陸の人は平均ギャンブルが好きで、お金で金儲けをする。お金を金儲けの道具と心得ているからやろか。
ちょっとお金ができるとかなりきわどいビジネスでも平気で手を出す、賭け事が好きであることは、マカオのカジノが繁盛しているのも外人より地元の買い物籠を持った女性の方が多いらしい。
銀行から融資してもらったお金もカジノに使うほど熱心な人が多いらしい。ゴルフに行った時も、レストランのウエイトレスが株価が気になりテレビにくぎづけらしい。
日本人はその逆で、根が職人気質やから物づくりに熱心で、切羽巧みにお金を稼ぐ、万ガ一のこと考えてそのお金を銀行に預金する。そしてまた仕事に励む。
どちらがお金を稼ぐかと云うと、日本人の儲けたお金は付加価値ですから、その分家庭も豊かになる。お金で稼ぐお金は他人の懐のお金ですから、「甲の得は乙の損」、人間関係にまで神経を使うと云っていました。